こんにちは、シンジです。
身体のどこかに痛みがあった時、
「これってほっとけば治る?それとも何かヤバい病気…?」と不安になることありません?
あの日経験した激痛・・・実は前兆がありました。しかも数年前に。
しかし、私はその心臓からのSOSを黙殺していました。
結果『狭心症』という命に関わる痛みを経験することになったんです。
この記事では、私が実際に激痛を経験した「あの日」のリアルな体験談を綴ろうと思います。
一体どんな痛みだったのか?その後どう行動したのか?
今思えば、絶対真似してはいけない行動もあります。
ですが、人間ビビると、ついしてはいけない発言、行動をとってしまう時があります。
一部反面教師として参考にしてください。

見逃したサインと「あの日」の激痛
「まぁいっか」の代償 私が犯した痛恨の勘違い
思い返せば、数年前からジョギング中に胸がつかえるような「小さなサイン」はありました。
しかも私は、高脂血症などで定期的に通院していた身。
既にこの時点で心疾患を察せよ、と思いますよね。
ですが当時の私は「次の診察のついでに診てもらえばいいや」と、受診を先延ばしにしてしまったんです。
マネしちゃいけないポイントその1ですね。
異常があったら、勇気を出して病院に行ってください。心臓のタイムリミットは、次の予約日なんて待ってはくれませんでした。
手は届かない 恥ずかしさで顔も歪められない「心臓の鷲掴み」
「次の診察のついででいいや」と油断していた私に、ついにその時がやってきました。
それは、ごく普通の仕事の日。
駅を降りて、会議室のあるビルへと歩いて向かっていた時のことです。
ジョギングでも軽い運動でもない、ただ普通に歩いていただけなのに……。
突然、これまでに経験したことのない強烈な痛みが胸を襲いました。
「えっ…!?なんだこれ…!?」
数年前の違和感の軽い痛みとは次元が違う。
会議に向かう足が止まり、頭の中が真っ白になりました。
よくテレビなどで「心臓を掴まれているような痛み」と表現されますよね。
実感がない言葉だと思っていましたが、まさにソレです。
ギューッと心臓を直接握り潰されているような激痛でした。
人って、痛いところがあると本能的に手でさすって紛らわそうとしますよね。
でも、痛いのは体の中の「心臓」です。
手が届くわけもなく、立ち止まって腰に手を当て「腰が痛いんです」風を装うしかありませんでした。(腰が痛い人の方がちょっと自然ですよね?)

そこは人通りの多い駅前。
激痛の中でも「こんなところで倒れたら恥ずかしい」という意味の分からないプライドが邪魔をして、露骨に痛そうな顔すらできませんでした。
とにかく立ち止まって、痛みが通り過ぎるのを待つしかできなかったです。
数歩歩いては立ち止まる不審者 そして訪れた「嘘のような無痛」
立ち止まっていると、痛みは徐々に引いていきます。
しかし、また数十メートル歩くと、あの「鷲掴み」がやってきます。
痛みが来たら立ち止まり、引いたらまた少し歩く。
傍から見たら、絶対に怪しいおじさんです。
それでも、止まると歩くを繰り返して、なんとか気力で会議室にたどり着きました。
そして、会議室の椅子にドサッと座った瞬間……今までの激痛が嘘だったかのように、スッと全く痛くなくなったんです。
まるで悪夢から覚めたような、不気味なほどの静けさでした。
上司の「今すぐ病院へ」という一言と、命がけの帰宅
社畜丸出しのNG発言
激痛が嘘のように引いた会議室の椅子の上で、私は上司に伝えました。
「胸が痛むので、明日の会議は休んで病院に行きます。(今日の会議は出ます)」と社畜丸出しの宣誓。
その場にいた上司、同僚から「会議なんていいから、今すぐ病院に行った方がいい!!」と。
ですよね~。マネしちゃいけないポイントその2を上司、同僚が正してくれました。
しかも歩くのがつらかったらタクシー使ってもいいって!スゲー良い上司(泣)!
ありがたい言葉に背中を押され、私は会議を欠席して(歩いて)帰路につくことにしました。
しかし、帰り道も地獄でした。
歩き出すとあの「心臓の鷲掴み」がやってくる。
止まると引く。また数歩歩いては立ち止まる……。
決死の思いで「歩く」「止まる」を繰り返し、なんとか這うようにして自宅にたどり着きました。
迷ったときの「#7119」
自宅にたどり着いたものの、激しい痛みへの恐怖は消えません。
「これは今すぐ救急車を呼ぶべきか?でも大げさだと思われないか……?」
迷った末、私は救急安心センター事業「#7119」に電話をかけました。
#7119の担当者から「今すぐ病院へ行ってください」と最寄りの病院を手配してもらった私は、またしてもタクシーを使わず「歩いて」病院へ向かいました。
もちろんこれはマネしちゃいけないポイントその3です。
こんなときは素直にタクシーに乗ってください。

病院到着 告げられた言葉と明日の宣告
祈りと恥ずかしさ ストレッチャーで運ばれる非日常
病院に到着すると問診があり、次いで血液検査とMRIを受けることになりました。
検査を待っている間、頭の中は不安でいっぱいでした。
「とにかく重い病気ではありませんように…」
「もし病気だとしても、せめて治療すれば治るものであってほしい…」
そんな切実な祈りとは裏腹に、病院側の扱いは完全に「重症患者」です。
自分では「歩ける」と思っているのに、院内の移動はすべてストレッチャー。
天井を流れる蛍光灯を見上げながら「大げさだなぁ、周りの人に見られて恥ずかしいな…」なんてことを考えていました。
恥ずかしく思う私の気持ち、わかる人いますか?

「心筋梗塞ではない」という安堵と、カテーテル検査の宣告
検査の結果、医師から告げられたのは「心筋梗塞ではありません」という言葉でした。
そして、
「心筋梗塞ではないですが、今日の検査では痛みの本当の原因まではわかりません。
明日、心臓の血管を直接調べるために『カテーテル検査』を行います」とのこと。
その日のうちに原因が判明しないなんて・・・。
「あの日」の話はここまでです。
社畜の皆さん。体に異常を感じたらすぐに病院に行きましょう!
大丈夫です、そこまでいったらあなたには会議を休む正当な理由があります。
我慢をしてそれ以上悪化させたらダメです。

