シンジです。
メーカー勤務で、朝から晩まで外回りとデスクワークをする、ごく普通の40代の営業マン。
休日は子供と遊んだり、ラーメン屋を巡るのが大好きな、どこにでもいる2児のパパです。
あの日、駅で止まった足
あの日、
駅を降りて会議室のあるビルに向かう途中、突然、尋常じゃない胸の痛みと冷や汗に襲われました。
立ち止まると徐々に痛みが引く。でも、歩き出すとまた徐々に痛みが強くなる。
「これは絶対普通じゃない!」と直感的に思いました。
「何とか今日の会議だけやり過ごそう…。明日の会議は欠席しよう」
と考え上司と同僚に伝えたところ、「今すぐ病院に行け」とのこと。
背中を押されて向かった先で、私の人生は一変しました。
妻のやりきれない顔と、過去の自分への後悔
カテーテル検査の結果は「狭心症」。心筋梗塞の手前です。
(※訳あって、ステントは入れませんでした。この辺りの詳しい話はまた別の記事で書きます。)
家に帰り、妻には大げさにならないよう淡々と伝えました。
「えー…」と短く答えた妻の、なんともやりきれなそうな顔。
子供たちには「心臓が痛くなる病気」とだけ伝えたものの、幼いためピンときていない様子でした。
夜、布団の中で恐怖が押し寄せてきました。
心筋梗塞と言えば死ぬ可能性のある病気。
私は医者じゃないので詳しいことはわかりません。
ただ、この年齢で死に近づいていることに気づかされた、言いようがない恐怖を感じました。
心疾患の家系、一人暮らし時代の好き放題な食生活、連日ラーメン、終わらない仕事と寝不足……。
過去に行って自分を全力でその行く末を教えてやりたくなりました。
「あの時の俺よ、仕事やラーメンより大事なもんがあるだろう」と。

「パパ、心臓痛いの?」
退院後、初めて家族4人で出かけた時のことです。
見た目は元気な私ですが、やはり歩いていると時々胸が痛み、立ち止まってしまいます。
そのたびに、歩みを止めた子供が心配そうに聞いてくるんです。
「パパ、心臓痛いの?」
これが、親として本当にキツい。
子供に「病人のパパ」を意識させたくない。気を遣わせたくない。
ただ家族4人で、同じ速度で笑いながら歩きたい。
「この子らが成人するまで、誰が育てるんだ? 俺だろ」
この気概だけが、暗闇の中にいた私を奮い立たせました。
気合だけじゃ生き残れない。だから「生存戦略」を練る
主治医や栄養士さんからの指導を受け、生活習慣を変える決意をしました。
でも、働きながら毎日運動をしたり、ストイックに管理するのは限界があります。
食事を作ってくれる妻にも大きな負担となります。
極力家族に負担をかけず、でも家族と同じペースで歩き続けられるよう試行錯誤していきます。
そしてその奮闘生活を記していこうと思います。
このブログは、私が生きた証として子供たちに残すものでもあり、
同じように「家族のために死ねない」と闘う同世代パパのための「実験公開の場」です。
子供たちの成人式、そしてその先の未来を見るために。

